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戦後のライカの快進撃が、ここから始まり、戦前のライカに何とか追いつきかけた日本のメーカーは、また追い越されます。しかし、朝鮮戦争でのニコンの高評価が、アメリカ市場でのライカの後姿を見せてくれます。しかし、そんなことは関係なくライカは確固たる地位を得て、進撃を続けますが、とんでもないところから横ヤリが入り始めます。ドレスデンで芽吹き、東側が育てた一眼レフ(エキザクタ)が、ヒタヒタと追いかけ始めます。アルフレッドヒッチコック監督の名画“裏窓”でジェームズスチュアート扮する、骨折で自宅療養中のカメラマンが覗いていたのは、一眼レフ(エキザクタ)でした。モナコの王妃になった故グレースケリーの出演した最後の作品“上流社会”でカメラマンが持っていたのは、ローライフレックスやライカではなく、日本のメーカー、日本光学製ニコンS2でした。
4年後の1954年、ライカにとっても日本のメーカーにとってもターニングポイントと呼んでもいい、ライカM3が発売されます。
次回(第五章)に続く!
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エキザクタ バレックス(1950年頃)

ニコンS2(1950年頃)
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