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---------- 第七章「ライカの一眼レフカメラへの挑戦!」 ----------

 M2が発売されたのは、コストダウンのためでした。 ファインダー光学系を省略し、カウンターを手動セットにしセルフタイマーも省略しました。 が、突然としてM2のセルフ付きが現れます。これは、少しでもラインナップを増やして売り上げを伸ばそうというライツ社の戦略でした。

赤丸の部分

 しかし、売り上げはジリ貧になります。 アメリカのディーラーからのヤイノヤイノとう声に負けたとされますが、そしてライカフレックスを発売することになります。ライカの一眼レフという声だけ聞けば、どれだけすごいものか!を心わくわくしますが、出てきたものは、1/2000が付いているとはいえTTLではなく、外部測光方式のやや大きめのボディでした。初期に発売されたレンズは外観がクローム鍍金されています。外部測光の受光部はペンタプリズム正面、ちょうどおでこの位置でした。レンズに反射した光を受光部が拾って誤測光することがわかったらしく、すぐクロームからブラックに変更されます。

 
日本の某メーカーのドイツ駐在員が、開発研究用にドイツ国内で発売されたものをすぐ購入し本社に送りました。バラバラにする前に調子が悪くなり、当時の国内代理店シュミットに持ち込んだところ、きっとライツ社からの資料は、黒レンズしかなかったのでしょう、こんなレンズが存在するわけはない!と喧嘩になったと聞きます。しかし、ごく初期の販売品ということが解り、笑い話になったそうです。それだけ白のフレックス用レンズは珍品です。


ライカフレックスI

  全面マットではなく、中心に非常に細かいマイクロプリズムが採用され、当時アサヒカメラのニューフェース診断室で、「国産の一眼レフと違って、ファインダーの真ん中にゴチャゴチャなくて粋が良いですね〜!」と意気込んでいたライカ使いの名手故木村伊兵衛氏が、あまりにもピントの山がつかめなかったのか、ピンボケを多数おつくりになったとか。。。 ライツ社にもIHEI,KIMURAの名前は響いており、それを聞いて次のモデル(SL)ではスプリットイメージを採用したという話しは、どこにも書いていないのであしからず!          

次回に続く!

 
 
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