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■ペリカン(Pelikan)
1832年、ドイツ・ハノーバー家の宮廷画家を父にもつ化学者カール・ホーネマンが、ハノーバー・シュタインフーデ湖の工房で、独自の製造法により絵の具の生産を開始したのがペリカンの始まりです。
のちの1863年には、オーストリア・ウィーン出身の化学者ギュンター・ワーグナーが経営に参加し、近隣諸国への販売を拡大していきました。1878年にはペリカン製品の品質を保証するため、当時ヨーロッパでも珍しかった商標を登録しています。そのモチーフとなったペリカンの母子像は、ヨーロッパでは古来より母性愛の象徴とされております、またギュンター・ワーグナー家の家紋でもありました。
1929年、すでにインクのトップメーカーとして世界で評価されていたペリカン社は、筆記具の製造に着手。モデル100型、緑縞、14Kペン先の万年筆の販売を開始しました。そのとき開発されたピストンノブのメカニズム部分の誤差は、わずか100分の1ミリ。その精密さにおいては、当時のヨーロッパ技術のなかでも群を抜いていたといえるでしょう。
「魔の山」「ベニスに死す」などの代表作をもつトーマス・マンや、「西部戦線異状なし」「凱旋門」を著したレマルクも、ペリカン万年筆の愛好者。もちろん、日本でも数多くの文豪や文化人がペリカンの品質の高さを認め、愛用しています。
創業以来、高品質をモットーに、時代の要請にこたえて革新的な製品の開発に努めたペリカン社は、1996年には全く新しいインク注入システムを採用したレベルペンを発売し、ペリカンの商品開発力の高さを世界に示しました。
ペリカン社は170年以上の歴史を持つ高級筆記具メーカーとして、伝統的なクラフトマンシップに従って高品質な製品を創り出しています。 |

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